はぐくむブログ

“大丈夫な自分”を頑張り続けてきた方へ。考え続けているのに楽にならない方に向けて、トラウマと身体感覚(Somatic Experiencing)の視点から、生きづらさをやわらげるヒントを発信しています。

安心とは「気を抜くこと」ではありません

今日もはぐくむブログをご訪問いただきましてありがとうございます😊

「安心は、身体から育っていく」シリーズの第5回です。

安心とは「気を抜くこと」ではありません

──「安心は、身体から育っていく」シリーズ 第5回

 

「安心してください」

そう言われると、どんな状態を思い浮かべるでしょうか。

緊張していないこと。

不安がないこと。

力が抜けていること。

何も心配することがないこと。

穏やかで、落ち着いていること。

そんな状態を「安心」と呼ぶことが多いかもしれません。

でも、私は安心をもう少し違うものとして考えています。


安心とは、

何も起こらないことではありません。

ずっと力が抜けていることでもありません。

不安にならないことでもありません。

生きていれば、身体が緊張することはあります。

怖くなることがあります。

疲れることがあります。

人に腹が立つこともある。

悲しくなることもある。

身体が大きく反応することもあります。

それは、安心できていないから失敗している、ということではありません。


安心している人は、いつも穏やかなわけではありません。

必要なときには、力を入れることができる。

危険を感じたら、身を守ることができる。

嫌なことには「嫌だ」と反応できる。

疲れたら休むことができる。

誰かに支えてもらうこともできる。

そして、必要がなくなれば、また少しずつ力を抜いていく。

私は、そんな柔軟さの中に安心があるのではないかと思っています。

 


これまでの記事で、

椅子に身体を預けること。

床に身体を支えてもらうこと。

力を無理に抜こうとしないこと。

人に寄りかかること。

そんな小さな身体の経験について書いてきました。

どれも、「頑張らなくていい」ということだけを伝えたいわけではありません。

むしろ、自分で支えることもできる。

そして、支えてもらうこともできる。

という、両方の力を身体が知っていくことが大切なのだと思っています。

 


安心とは、揺れないことでもありません。

人生には、自分ではどうすることもできない揺れがあります。

身体も揺れます。

心も揺れます。

そんなとき、すぐに落ち着けなくてもいい。

今は支えを感じられなくてもいい。

身体が強く緊張していてもいい。

少し時間が経って、身体が落ち着いてきたとき、

「ああ、ここに支えがあったんだ」

と、もう一度気づけることがあります。

その経験が、少しずつ積み重なっていく。

 


だから、安心は「気を抜くこと」ではないのだと思います。

何も感じなくなることでもありません。

いつも穏やかでいることでもありません。

揺れたときに、自分の身体に起きていることに気づけること。

支えが必要なときに、支えを受け取れること。

力を入れることも、力を抜くことも、そのときに応じて選べること。

そして、

今は何もできなくても、いつかまた支えに気づけるかもしれないと思えること。

そんな柔らかさの中に、安心は育っていくのかもしれません。

 


安心は、最初からそこにあるものではないのかもしれません。

椅子に身体を預けてみる。

床に足を預けてみる。

ほんの少し力を抜いてみる。

誰かに「お願い」と言ってみる。

そんな小さな経験を重ねながら、

「支えられても大丈夫だった」

「力を抜いても大丈夫だった」

「また自分で立てた」

ということを、身体が少しずつ覚えていく。

その積み重ねが、

「私は、揺れても大丈夫かもしれない」

という感覚につながっていくのだと思います。

 


安心とは、

揺れないことではない。

何も起こらないことでもない。

自分一人ですべてを支えられることでもない。

揺れることがあっても、支えに気づくことができる。

支えられることも、自分で立つこともできる。

そんな身体の柔軟さを、少しずつ育てていくこと。

私は、それが「安心を育てる」ということなのだと思っています。

そして、その安心は、

頭で「大丈夫」と言い聞かせることからではなく、

身体が「大丈夫だった」と経験することから、少しずつ育っていくのかもしれません。

 

 

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寄りかかることが苦手な人へ

今日もはぐくむブログをご訪問いただきましてありがとうございます😊
「安心は、身体から育っていく」シリーズの第4回です。

寄りかかることが苦手な人へ

──「安心は、身体から育っていく」シリーズ 第4回

「もっと人を頼っていいですよ」

そう言われても、

わかっているけどできないんだよな、

と思うことはありませんか。

困ったときに相談する。

誰かに助けてもらう。

疲れたときに「ちょっとお願い」と言う。

頭では、それくらいしてもいいと思っている。

それなのに、実際に人に頼ろうとすると、申し訳なくなったり、落ち着かなくなったりする。

そんなことがあります。


人に頼ることは、気持ちの部分だけのことではありません。

人に頼るのが苦手な人は、

体で何かに寄りかかったり、

重さを預けてみるのも苦手かもしれません。


ずっと自分で頑張ってきた人は、

「自分で立つ」

ことをよく知っています。

自分で考える。

自分で決める。

自分で我慢する。

自分で立て直す。

それは、その人を支えてきた大切な力です。

だから、その力を手放す必要はありません。

ただ、

自分で支えることしか知らない身体は、支えてもらうことに戸惑うことがあります。


「人を頼りましょう」と急がなくてもいいと思います。

まずは、椅子に背中を預ける。

床に足を預ける。

クッションに身体を預ける。

そうやって、身体に「預ける」という経験を少しずつ増やしていく。

その先に、物だけでなく人に身体を預けるという経験があるのかもしれません。

もちろん、誰にでも寄りかかればいいわけではありません。

「この人なら大丈夫」と身体が感じられることも大切です。

そして、それがわかるまでにも、その人なりの時間があります。


もしあなたが人に頼ることが苦手なら、

「私は一人で何でもやらなきゃいけない人なんだ」

と決めつけなくてもいいのかもしれません。

あなたはもしかすると、

一人で立つことを、とてもよく知っている人なのかもしれません。

その力は、そのままでいい。

その隣に、

「ときには支えてもらってもいい」

という選択肢を、少しずつ増やしていく。

それだけでもいいのだと思います。

安心とは、一人で何でもできることではありません。

自分で支えることもできる。

そして、ときには支えてもらうこともできる。

その両方を、身体が少しずつ知っていくこと。

支えられることも、身体がはぐくんでいくものなのだと思います。

 

 

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力の抜き方がわからないのにも、理由がある

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「安心は、身体から育っていく」シリーズの第3回です。

力の抜き方がわからないのにも、理由がある

──「安心は、身体から育っていく」シリーズ 第3回

「もっと力を抜いてください。」

そう言われたことはありませんか?

マッサージやヨガ、ストレッチ、呼吸法。
カウンセリングの中でも、そんな言葉を聞くことがあります。

でも、

「力を抜いて」と言われると、かえって力が入ってしまう。

どうやって力を抜けばいいのかわからない。

「リラックスしなきゃ」と思うほど、身体が固くなる。

そんな経験をする人もいます。

もしかすると、それは「力を抜くのが下手」なのではないのかもしれません。


身体は、理由があって力を入れている

身体に力が入っていると、

「また緊張している」

「もっとリラックスしなきゃ」

と思ってしまうかもしれません。

でも、身体は理由もなく力を入れているわけではありません。

倒れないように。

傷つかないように。

いつでも動けるように。

いつでも耐えられるように。

身体は、そのときそのときに必要だと思うことをしてくれています。

だから、力が入っている身体を、

「どうして力が抜けないんだろう」

と責める必要はありません。

もしかしたら、その身体はずっと、

力を入れているほうが安全だった

のかもしれません。


安全な場所に戻ると、力は自然に抜けていく

たとえば、足元が不安定な場所を歩いているとき。

転ばないように、身体には自然と力が入ります。

足元がしっかりした場所に戻ってくると、少しずつ身体の緊張がほどけていきます。

「よし、今から力を抜こう」

と決めたからではありません。

身体が、

「もう少し大丈夫そうだ」

と感じたからです。

つまり、

力が抜けたから安心するのではなく、安心できるから力が抜けていく。

そんな順番もあるのです。


「力を抜いて」と言われても抜けない理由

いつも気を張っている人。

周りの人の顔色をよく見てきた人。

失敗しないように頑張ってきた人。

「自分がしっかりしなければ」と思って生きてきた人。

そんな人の身体は、長い時間をかけて、

「気を抜かないほうがいい」

「いつでも備えていたほうがいい」

ということを覚えていることがあります。

だから、安心を感じられないまま、

「力を抜きましょう」

と言われても、身体にとっては、

「今、守ることをやめても大丈夫な理由はありますか?」

という話なのかもしれません。

頭では「大丈夫」と思っていても、身体がまだ納得していない。

そんなこともあります。


力を抜くことを目標にしなくてもいい

だから私は、

「力を抜かなければ」

と頑張らなくてもいいと思っています。

むしろ、

「今の身体には、どんな支えがあるだろう」

と見てみる。

椅子に背中を預けてみる。

足の裏で床に触れていることに気づいてみる。

温かい飲み物を手に持ってみる。

安心できる声を聞いてみる。

そうした小さな経験の中で、

「ここは少し大丈夫かもしれない」

と身体が感じることがあります。

そのとき、身体に入っていた力がほんの少し緩むことがあります。


力が抜けなくても、それでいい

ここで大切なのは、

「支えを感じたら、力を抜けるようにならなければ」

と新しい課題にしないことです。

今日は何も変わらないかもしれません。

肩の力が抜けないかもしれません。

呼吸も深くならないかもしれません。

それでも大丈夫です。

身体が安心を感じるまでには、その身体なりの時間があります。

「力が抜けない」ということも、

今の身体にとっては必要な反応なのかもしれません。


もし今、肩や背中、顎などに力が入っていることに気づいたら、

「また力が入っている」

と責める代わりに、

「ここでは、力を入れているんだな」

と、ただ気づいてみてください。

そして、もし少し余裕があれば、

「この身体を支えてくれているものは何だろう」

と探してみる。

椅子かもしれません。

床かもしれません。

壁かもしれません。

自分の手かもしれません。

誰かの存在かもしれません。

何も見つからなくても、それで大丈夫です。


力は、抜こうと頑張って抜くものではなく、安心できると、自然に抜けていくものなのかもしれません。

だから、

「力が抜けない自分はダメだ」

と思わなくていい。

その力は、これまであなたを守ってきたものかもしれないからです。

安心とは、無理に緊張をなくすことではありません。

身体が少しずつ、

「ここでは、もう少し力を抜いても大丈夫かもしれない」

と感じられる経験を重ねていくこと。

その中で、力は少しずつ手放されていきます。

力を抜くことから、安心をつくるのではなく。

安心できる経験の中で、力が抜けていく。

私は、その順番を大切にしたいと思っています。

 

 

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床は、あなたを支え続けている

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「安心は、身体から育っていく」

第2回  床は、あなたを支え続けている

──「安心は、身体から育っていく」シリーズ 第2回

前回の記事では、「椅子の背もたれにもたれる」という小さな体験を通して、「全部を自分で支えなくてもいい」ということについて書きました。

今回は、その続きです。

私たちは、椅子だけではなく、毎日ずっと床にも支えられながら生きています。


「しっかり立ってください。」

そう言われると、多くの人は身体に力を入れます。

背筋を伸ばいて、踏ん張って、倒れないように立とうとします。

私たちは、「立つ」ということを、自分の力で身体を支えることだと思っているのかもしれません。

でも、本当は少し違います。

私たちは立っているあいだ、ずっと床に支えられています。

足の裏で床を押していると同時に、床もまた、私たちの身体を支え返しています。

私たちは、自分一人の力だけで立っているわけではありません。


ただ、それを感じられなくなってしまうこともあります。

いつも気を張っている人。

頑張り続けてきた人。

「自分で何とかしなければ」と生きてきた人。

そんな人ほど、身体は「支えられている」よりも、「自分で支えている」という感覚が強くなります。

足は床についているのに、どこか身体全体で踏ん張り続けている。

肩や背中に力が入り、いつでも動けるように、いつでも耐えられるように構えています。

それは怠けているからではありません。

身体が、その生き方を覚えてきたのです。


ここで、一つ大切なことがあります。

私たちは、「安心」を、「何も起こらないこと」だと思いがちです。

何も問題が起きないこと。

心が乱れないこと。

ずっと穏やかでいられること。

でも、本当にそうでしょうか。

人生には、自分ではどうすることもできない出来事があります。

思いがけない別れ。

病気。

失敗。

予想もしなかった出来事。

世界は、ときどき私たちの思うようにはなりません。

だから私は、安心とは「揺れないこと」ではないのだと思っています。


安心とは、揺れないことではありません。

揺れの中にいるときは、支えを感じられないこともあります。

身体が緊張し、周りを見る余裕がなくなることもあります。

それは、とても自然な反応です。

でも、身体が少し落ち着きを取り戻したとき。

ほんの少し呼吸が深くなったとき。

そのとき、私たちはもう一度、そこにある支えに気づくことができます。

床は変わらず足の裏を受け止めています。

椅子は背中を支えてくれています。

呼吸は続いています。

誰かの声や、温かい飲み物、窓から入る風が、自分を少し落ち着かせてくれることもあるでしょう。

支えは、一つではありません。

そして、たとえ今は感じられなくても、支えが永遠になくなってしまったわけではありません。


もし今、この記事を読みながら立っているなら、少しだけ足の裏に意識を向けてみてください。

「何かを感じよう」と頑張らなくても大丈夫です。

ただ、足の裏が床に触れていることを知る。

床がそこにあることを知る。

それだけで十分です。

支えは、感じようと努力して見つけるものではなく、身体が少し落ち着いたときに、ふと気づくことがあります。


安心とは、揺れないことではありません。

揺れることがあっても、身体がもう一度、支えに気づいていけること。

私は、その力を少しずつ育てていくことが、「安心を育てる」ということなのだと思っています。

 

 

 

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支えることは得意なのに、支えられることは苦手な人へ

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「安心は、身体から育っていく」

第1回 支えることは得意なのに、支えられることは苦手な人へ

カウンセリングで、

「少し椅子の背もたれにもたれてみましょうか。」

とお伝えすると、こんな言葉が返ってくることがあります。

「姿勢が悪くなる気がして……。」

「ちゃんと座っていないと落ち着きません。」

「もたれるのは、なんとなく怠けている感じがします。」

姿勢の話をしているように聞こえるかもしれません。

でも私は、こういった言葉を聞くと、「この方にとって身体を預けることは、どんな意味があるのだろう」と考えます。


椅子(背もたれ)にもたれるということは、自分の体重を椅子に預けるということです。

背中を背もたれに任せて、「全部を自分で支えなくてもいい」と身体が少しだけ許可を出すことでもあります。

普段はあまり意識しませんが、これは意外と大きな出来事です。


人を支えることが得意な人がいます。

職場では頼られることが多く、家族や友人の相談にもよく乗る。

周りを気遣い、困っている人がいれば自然と手を差し伸べる。

そんな人ほど、自分が支えられることは苦手だったりします。

誰かに頼ることに抵抗がある。

弱音を吐くのが苦手。

「これくらい自分でやらなければ」と思ってしまう。

そして、その生き方は、心だけではなく身体にも表れることがあります。

椅子(背もたれ)にもたれようとしても、どこかで踏ん張ってしまう。

無意識に背中が浮いてしまう。

身体がずっと、「自分で支え続ける姿勢」を保っているのです。


もちろん、椅子にもたれないこと自体が悪いわけではありません。

姿勢にも好みがあります。

ただ、「もたれたいのに、もたれられない」としたら。

その身体の反応には、これまで生きてきた歴史が隠れていることがあります。

子どもの頃から気を張っていた。

安心して甘えられる時間が少なかった。

周りに迷惑をかけないよう、自分で頑張るしかなかった。

そんな経験を重ねると、身体は「自分で支え続けること」が当たり前になります。

それは性格ではなく、生き延びるために身につけた身体の学習なのかもしれません。


だから、「支えられることが苦手」なのは、意志が弱いからでも、人を信じていないからでもありません。

身体がまだ、「支えてもらっても大丈夫」という経験を十分に知らないだけなのです。

安心は、頭で理解するだけでは育ちません。

身体が少しずつ経験していくものです。

椅子に背中を預ける。

床に足を預ける。

深く息を吐いてみる。

そんな小さな経験を重ねながら、身体は少しずつ新しい学習を始めていきます。


もしこの記事を読みながら、

「私はいつも支える側だったな。」

そんなことを思い出した方がいたら、一度だけ試してみてください。

今座っている椅子に、背中をほんの少しだけ預けてみる。

背もたれが、あなたの体重を受け止めていることを感じてみる。

全部ではなくて大丈夫です。

ほんの少しだけ。

身体は、そういう小さな経験を積み重ねながら、「一人で頑張り続けなくてもいい」ということを、少しずつ思い出していきます。

 

 

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愚痴を言いたくなるのは、弱いから? ― アタッチメントと神経系の視点から考える「愚痴」の役割

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「また愚痴を言ってしまった。」

そんなふうに、自分を責めたことはありませんか。

「前向きにならなきゃ。」
「愚痴ばかり言う人にはなりたくない。」
「こんな話ばかりしていたら嫌われるかもしれない。」

そう思えば思うほど、苦しさを一人で抱え込んでしまう人も少なくありません。

でも、トラウマや神経系の視点から見ると、愚痴を言いたくなることには、ちゃんと理由があります。

それは、心が弱いからでも、性格に問題があるからでもありません。

あなたの心と身体が、「一人では抱えきれない」と教えてくれているサインなのかもしれません。


愚痴は「誰かとつながりたい」という自然な反応

私たちは、つらいことがあると誰かに話したくなります。

「今日こんなことがあってさ。」
「ちょっと聞いてほしいんだけど。」

これは単に不満を吐き出しているだけではありません。

アタッチメント理論では、人は不安や苦痛を感じると、安心できる相手とのつながりを求めると考えられています。

子どもが転んで泣きながら親のところへ駆け寄るように、大人もつらい出来事があると、「誰かと一緒にいて安心したい」と身体が自然に求めるのです。

だから愚痴とは、

「このつらさを、一人で抱えなくてもいいよと言ってほしい。」

そんな願いが込められた、とても人間らしい行動だと言えるでしょう。


本当に欲しいのは、解決策ではなく安心

愚痴を聞いていると、「こうすればいいのに」とアドバイスしたくなることがあります。

でも、多くの場合、話している本人が本当に求めているのは解決策ではありません。

「それは大変だったね。」
「嫌だったね。」
「それは苦しかったね。」

そんなふうに、自分の体験をそのまま受け止めてもらえたとき、人は少しずつ落ち着きを取り戻していきます。

ポリヴェーガル理論では、このように安心できる相手との関わりによって神経系が落ち着いていくことを 共同調整(co-regulation)と考えます。

穏やかな声。
安心できる表情。
ゆっくりとうなずいてくれること。

そうしたやり取りを通して、「危険だ」と感じていた神経系は、「もう大丈夫かもしれない」と少しずつ安心の状態へ戻っていきます。

私たちは、言葉だけで安心するのではありません。

安心できる人との関係そのものが、神経系を回復させてくれるのです。


それでも、愚痴が止まらないことがあります

一方で、話しても話しても苦しさが消えないことがあります。

同じ出来事を何度も思い出してしまう。
相手を変えて何度も話してしまう。
話した直後は少し楽になっても、またすぐに苦しくなる。

そんな経験はないでしょうか。

もちろん、強いストレスが続いていたり、反芻(はんすう)の癖があったりすると、愚痴が長引くことは誰にでもあります。

でも、アタッチメントの視点から見ると、安心を十分に受け取れなかった経験が影響していることもあります。

子どもの頃、悲しかったことや悔しかったことを話しても、

「そんなことで泣かないの。」
「気にしすぎ。」
「あなたにも悪いところがあるでしょう。」

そんなふうに返され続けると、つらさは十分に受け止められないまま、身体の中に残ってしまいます。

すると大人になってからも、誰かに話すたびに、

「今度こそ分かってもらえるかもしれない。」

そんな願いが無意識のうちに働くことがあります。

でも、過去に受け取れなかった安心は、一度話しただけでは満たされません。

だから同じ話を繰り返したくなる。

「まだ分かってもらえていない。」
そんな感覚が残り続けることがあります。

これは、わがままだからでも、依存心が強いからでもありません。

長いあいだ安心を十分に感じられなかった神経系が、「まだ安心できていない」と知らせている反応なのです。


大切なのは、「話したあと」の身体

愚痴が回復につながっているかどうかは、話の内容よりも、話し終わったあとの身体に表れます。

少し呼吸が深くなった。

肩の力が抜けた。

「聞いてもらえてよかった。」

そんな変化があるなら、その愚痴は神経系を落ち着かせる時間になっていたのでしょう。

逆に、話せば話すほど興奮してしまう。
怒りが強くなって眠れなくなる。

そんなときは、神経系がまだ危険を感じ続けているのかもしれません。

散歩をする。
温かい飲み物を飲む。
ゆっくり呼吸する。

そんなふうに身体を落ち着かせる時間を挟むことも、回復には大切です。


愚痴の奥には、「分かってほしかった気持ち」があります

もし最近、「また愚痴を言ってしまった」と感じることがあるなら、自分を責める前に、こんな問いを向けてみてください。

「私は、本当は何を分かってほしかったんだろう。」

その問いの先には、怒りだけではなく、悲しみや怖さ、寂しさ、心細さが隠れていることがあります。

愚痴は、その感情にたどり着くための入り口なのかもしれません。


おわりに

愚痴を言いたくなるのは、弱いからではありません。

それは、人とのつながりを求め、高ぶった神経系を落ち着かせようとする、とても自然な反応です。

だから、「愚痴を言わないようにしよう」と我慢することが回復につながるとは限りません。

本当に大切なのは、安心できる相手との関係の中で、

「そのとき、本当につらかったね。」

と落ち着かせてもらう体験を少しずつ積み重ねていくことです。

神経系は、安心を理解して変わるのではなく、安心を体験することで少しずつ変わっていきます。

一人では整理しきれない愚痴の奥には、言葉にならなかった悲しみや怖さが隠れていることがあります。

カウンセリングでは、「愚痴を減らすこと」を目標にするのではなく、その背景にある神経系の反応やアタッチメントのパターンを一緒に見つめながら、少しずつ安心を育てていくお手伝いをしています。

愚痴の奥にある、本当の気持ちに出会えたとき、人は少しずつ「同じ話を繰り返さなくても大丈夫」という感覚を取り戻していきます。

それは、「愚痴を我慢できるようになった」ということではありません。

安心できる場所が、自分の中に少しずつ育ってきたということなのだと思います。

 

 

 

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「大丈夫です」と言ってしまう人ほど、本当は助けを必要としているのかもしれません

今日もはぐくむブログをご訪問いただきましてありがとうございます😊

「大丈夫です。」

体調を尋ねられた時、
忙しさを尋ねられた時、

「大丈夫です。」

と、つい言ってしまっていませんか?

でも、その「大丈夫」は、本当にあなたの本音でしょうか。


「大丈夫」は嘘ではない

ここで誤解してほしくないのは、「大丈夫」と言う人が嘘をついているわけではない、ということです。

むしろ、その人にとっては本当に「大丈夫」なのです。

もっと正確に言えば、

「これくらいなら頑張れる。」
「まだ我慢できる。」
「人に迷惑をかけるほどではない。」

そんな感覚なのかもしれません。

長い間こうやって生きてきた人ほど、つらさの基準が少しずつ上がっていきます。

周りの人なら「それは大変だね」と感じることでも、

本人は「これくらい普通」と思ってしまうのです。


身体は、もっと前から気づいている

一方で、身体は案外正直です。

肩がこる。
眠れない。
胃が痛い。
食べ過ぎてしまう。
何もやる気が起きない。
涙が出る。
イライラする。
休日になると動けなくなる。
気づくとため息ばかりついている。

こうした反応は、身体からの「もう十分頑張っていますよ」というサインなのかもしれません。

ポリヴェーガル理論やSomatic Experiencing®では、私たちの神経系は「安全に生き延びること」を最優先に働くと考えます。

そのため、危険やストレスが長く続くと、「つらい」と感じることよりも、まず**「なんとか今日も乗り切る」**ことが優先されます。

だから、「大丈夫」と言いながら身体が悲鳴を上げていることは、決して珍しいことではありません。

私たちは頭では気づいていなくても、身体や違和感のほうが先に「もう限界に近いよ」と教えてくれていることがあります。

「大丈夫」は、自分を守るために身につけた反応でもあるのです。


「助けて」が言えない理由

「助けて」が言えない人は少なくありません。

・こんなことで相談していいのかな。
・もっと大変な人がいる。
・迷惑をかけたくない。
・自分で何とかしなければ。

こうした思いは、とても自然なものです。

でも、その背景には、

これまでの人生で、

「弱音を吐けなかった経験」

「頼っても助けてもらえなかった経験」

「頑張ることで認められてきた経験」

が積み重なっていることもあります。

だから「助けて」が言えないのは、

弱いからではなく、

そうするしかなかった歴史なのかもしれません。


カウンセリングでよくあること

初回のカウンセリングでは、

思いっきりつらさを話してくださる方もいれば、

「しんどいんですけど、でもまあ大丈夫なんですけどね。」

と控えめに話してくださる方もいます。

でも、身体を落ち着けるワークをしたり、ゆっくりお話を聞いていくと、

「そういえば最近ずっと眠れていません。」

「実は毎朝つらいんです。」

「こんなこと誰にも話したことがなくて。」

そんな言葉が少しずつ出てくることがあります。

話すことで初めて、

「私は思っていたより頑張っていたんだ。」

と気づくことも少なくありません。

そして、その瞬間、張りつめていた表情が少しやわらいだり、ほっと息をついたりする方もいらっしゃいます。

身体は、ずっと前から気づいていたことに、心が少しずつ追いついてくる。

そんな時間をご一緒することも、カウンセリングの大切な役割なのだと感じています。


「大丈夫じゃなくても大丈夫」

カウンセリングは、

「限界になった人」だけが来る場所ではありません。

「これくらいで相談していいのかな。」

という段階で来ていただいて大丈夫です。

むしろ、そのくらいのタイミングのほうが、自分の感覚を取り戻しやすいこともあります。

「大丈夫」という言葉の奥にある気持ちを、急いで変える必要はありません。

でも、

もしその言葉を何度も口にしていることに気づいたら、

少しだけ立ち止まって、

身体や心に問いかけてみてください。

「本当に大丈夫?」

その問いに、すぐ答えが出なくても構いません。

ゆっくり耳を澄ませていく時間も、自分を大切にする一歩なのだと思います。

私たちは、「大丈夫」と言い続けることで、自分を守ってきたのかもしれません。

だから、「大丈夫」と言ってしまう自分を責める必要はありません。

その言葉は、これまで精一杯生きてきた証でもあるからです。

でも、これからは一人で頑張り続けなくてもいい。

「大丈夫」の奥にある小さな声にも、少しずつ耳を傾けられるようになること。

それもまた、自分をはぐくむということなのだと思います。

そして、その小さな声を、一人で抱え続ける必要もありません。

誰かと一緒に、身体の声や心の声に耳を傾けていく時間。

それが、カウンセリングという場所なのかもしれません。

 

 

 

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